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裁判は平等なのか・・・

Photo_87 山口県光市母子殺害事件(1999年)の最高裁判決がされました。当時私は、この事件を報道で知った時、その悲惨な事件の経緯から”即時判決”すると思っていました。遺族(被害者)の訴える気持ちは、皆、国民の気持ちと一緒であると感じたからです。山口県で幸せの絶頂期にあった家族を襲ったのは、当時18歳になったばかりの少年(25)です。被害者家族当事者である本村洋さん(30)は、産まれて1年にも満たない娘と愛する妻を、一瞬にして失ってしまいました。子供はやっとつかまり立ちできるようになったばかりのかわいい盛りです。毎日が充実して、やる気にあふれていたと思います。写真からもそんな仲のよい家族の姿がうかがえました。しかし、神様はこんなところに試練を与えました。事件当日、妻は女性としての屈辱を受け、幼き娘は夢を奪われ・・・この、欲望を満たすための行為は、許されていいのでしょうか?その日から、少年法という壁と司法に挑む本村さんの長き戦いが始まったのです。思春期を迎えた少年をコントロールできなくなってきている家庭や社会構造が浮き彫りになってきていると思います。体の成長も早く、欧米化した体型の変化もあります。しかし、精神的には満たされない環境が多くなってきて、家族の対話などの減少は周知の事実です。この少年は、皆さんの近くにも沢山いるということを考えてください。7年間被害者として戦ってきた本村さんの気持ちは、遺族感情を超えた司法との戦いなのです。当時は”司法が死刑を下さなければ、私が執行するのみ”と、答えていた本村さん。この7年間で2度の屈辱(1審2審共に無期懲役)を、法の解釈の場である法廷で受けました。性犯罪の再犯の可能性は非常に高く、幼少期や思春期の大切な時期の教育が、その後の人生そのものにかかわってきます。加害者の父親がTV取材を受けていました。しかし、司法と環境のことのみで自身の反省の色はうかがい知れませんでした。Photo_88 自分の子供は自分で更生させる!!という気持ちだけでも持っていなければ、少年法の存在に包まれた凶悪犯をこれからも作っていってしまうだけではないでしょうか?法は、加害者の救済にかなり傾いているのではないかとよく言われます。法は、平等でなければなりません。人を殺めた責任を一生かかって償い続けるという気持ちが芽生え、実行できるシステムを構築しない限り、遺族感情は落としどころを見つけることは不可能です。本村さんも言われてました。これで、高裁差し戻しにより、死刑の可能性が強くなりましたが、もし死刑確定しても社会自体がこの問題のみに関わらず、関心と介入をしない限り、3人の尊い命(まだ死刑確定ではないですが・・)は”犬死にです!!”ということを今一度、自分の問題として考えていかなければなりません。今後、早い時期での結審を望みます。また、何年もかかる裁判で人生の大半を費やしていくいろんな方のためにも、結果を出して欲しいです。悪いことをしたら罪を償う!当たり前の、社会の仕組みです。私の知り合いで、保護観察の保護司の方が見えます。加害者にとって、社会復帰の為の一番近い存在です。しかし、全てとはいいませんが加害者の被害者家族との裁判の経緯から、”憎しみ”を抱いている人も少なくないといいます。このまま社会復帰しても???です。罪は消えません。自己の認識、そして反省を本当に感じ得ないならば、一生社会復帰はして欲しくないです。刑務所のシステムだけではなく、法の整備をもっと身近に、自分のこととして改定、実行していかないと”本当の幸せ”は、得られない世界になってきているのではないでしょうか・・・関心を持ってください!!!

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